精神分析研究

世界没落体験とは統合失調症などの精神病を発病する時に起こることがある体験

投稿日:2017年8月2日 更新日:

まず自分がいて、そして周りの世界がある。
自分が存在していなかったら、周りの世界もクソもない。

朝目覚めて、妻が作ってくれた朝食を食べて、電車に乗って、会社に行って仕事をする。

当たり前の日常は、自分の周りの世界を普通に認識しているから、当たり前のように日常生活を送れるのですが。

精神病になると、この当たり前の世界がうまく認識できなくなり、意味を失って崩れてしまうそうです。これを世界没落体験といいます。

フロイトのリビドー論によれば、自分以外の外の世界に意味を見出すには、心的エネルギーであるリビドーを備給することで、自分と外の世界の関係が成り立ちます。

自分以外の対象(人や物)にリビドーを備給するには、愛を発達させて対象愛(対象リビドー)にする必要があります。

フロイトの愛の発達段階

自体愛→ナルシズム(自己愛)→対象愛 と発展して行きます。

心的エネルギーであるリビドーは、まず自分の身体に備給されます。
赤ちゃんは、母乳を飲むことで、快の感覚を感じています、これはリビドーが口唇に備給されいるからで、口唇に適度な刺激が加わると快の感覚になり、欲動を満足させています。
リビドーが体の一部分に向けられているのが自体愛です。
フロイトは口唇にリビドーが備給されている時期を口唇期と名付けました。

それから、自らの身体像が統合されてくると、自分の体は自分の物であるという自我が発達してきます、この自らかの肉体を持つ自分自身に向けてリビドーを向けることをナルシズム(自己愛)といいます。

そして最後に、自分自身に向けていたリビドーを、自分以外の人や物に向けるようになります。これが、対象愛(対象リビドー)です。

人は外の世界に、リビドーを向けることで、外の世界に意味を付け加えて認識しています。
もしリビドーが外部に向けられなかったら、自分だけの世界になってしまいます。

世界没落体験

外の世界に向けていたリビドーが撤収して、自我に戻ってきてしまうと、もはや外の世界を認識するのが困難になってしまうようです、このような体験を「世界没落体験」といいます。

世界没落体験とは、精神病の急性期にしばしばみられる体験であり、世界が日常的な意味を失い、今にもこの世の終わりがきてしまいそうに感じられる不安な体験のことである。この体験は、外的世界に対するリビドー備給の撤収の結果として理解できる。私たちが日常において体験している外的世界は、外的世界の対象(人や物)に私たちがリビドーを備給することによって外的世界として成立している。しかし、精神病では外的世界の対象へのリビドー備給が消滅し、ついには外的世界そのものが崩壊してしまう。例えば、シュレーバーは、現実の世界に存在する人間すべてが意味や重要性を失い、「束の間に組み立てられた男たち」、すなわちハリボテのような存在にすりかわってしまったと述べている。世界没落体験は、こういった外的世界の崩壊現象の極北であると言える。
引用:人はみな妄想する 松本卓也 青土社

僕は、このような体験をしたことがないので、実際はどんな感じなのかよくわりませんが、やばい感じがしますね。
今まで普通の過ごしていた周りの環境や、同僚や友達や家族なんかも、なんだらよくわらないものになってしまうのでしょうか。

世界没落体験が生々しく描写されている本

統合失調症を発症した本人が、発症前、発症した瞬間、発症後について克明に描かれた本があります。
それが、小林和彦著「ボクには世界がこう見えていた 統合失調症闘病記」です。
そのなかに、統合失調症を発症してから、まわりの世界が不安定になっていく過程が書かれています。まさにこれが世界没落体験のことだと思われます。
一部を引用します。

「どうも何かがおかしい、と僕はそろそろ気づき始めた。目に見えるもの、耳に聞こえるのも、周りのすべてのものが、どこかよそよそしく、不自然なのだ。何者かが、「この世界は僕のためにある」というシグナルを絶えず送り続けている感じなのだ。」

「立ち上がると、世界が変わってしまった。空はオレンジ色になり、建物や地面はあやふやで、手や足がそれらを通り抜けてしまうのではないかと感じ、すべてものが自分への脅威となった。」
引用:ボクには世界がこう見えていた 統合失調症闘病記 小林和彦 新潮文庫

外の世界が変化していく様子がわかります。
実際にこのような体験をすると、とても怖くて不安になりそうです。

今日も、明日も、明後日も、当たり前の日常が、ずっと当たり前であること。
これからもそうあってほしいものです。

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