精神分析研究

ブログを書きたいという気持ちはどこからくるのか?欲望は他者の欲望

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なぜブログを書くのか?

それはみんながブログを書いているからです。

この世の中で、だれもブログを書いている人がいなければ、僕はブログを書いていなかったはずです。

他の人も同じはずです、だれもブログを書いていなければ、ブログを書く人は一人もいないでしょう。

そもそも「ブログ」という言葉が存在しないはずです。

ブログを書きたいという欲望は、どこからきたのでしょうか。

お金を稼いでプロブロガーになりたいから?
自分の日常を世間の皆さんに知ってもらいたいから?
感じたことや思ったことを読者の皆さんに共感してほしいから?

でも、それは二次的な欲望で、そもそもの欲望は「ブログ」という言葉を知ったからじゃないでしょうか。
知らなけらば書こうとは思わないはずです。

幼稚園に行っている僕の子供は、ブログを書きたいとは思っていません、それはブログの存在を知らないからです。

ブログを書きたいという欲望は、「ブログ」という言葉を知った時から始まったのです。

欲望は他者の欲望である

精神分析家のジャックラカンで有名なのは、「欲望は他者の欲望である」というフレーズ。
これは、人にはもともと欲望は存在してなくて、他者のもっている欲望を自分のものにして初めて欲望が生まれるということです。
(食べる、寝る、排泄する、などの生理的欲求と欲望は別物です)

例えば、みんなお金がほしいですよね、ガッポシ儲けたいですよね。
でも生まれたての赤ちゃんは、お金が欲しいとは思わないです。

お金というのを知ってしまい、そして、お金の意味を知ってしまったから、お金が欲しいという欲望が発生します。

皆さんは「お金」と聞くと何を思い浮かべますか?
お金があれば、海外旅行ができる。
前からほしかったバッグが変える。
借金が返せる。
幸せになれる。
風呂桶いっぱいに札束を投入してその中に浸かる。
など、お金にまつわるいろんなことが思い浮かぶと思います。
それで、一瞬、お金を得たかのように感じるけど、実際にはお金を得たわけじゃない、だから現実のお金を手に入れようと欲望する。
もともと「お金」という言葉が入っていなければ、お金が欲しいという欲望は発生しないらしいのです。

ラカンに言わせれば、人は言葉を覚えなければ欲望は生じない、ということ、逆に言葉を覚えてしまうと、そこから欲望が発生してくる、ということです。たぶん、

言葉は存在の代理物

斎藤環先生の本にはこう書いてありました。

最初の言葉は「存在」の代わりに、それを埋め合わせるために獲得される。たとえば「ママ」という言葉は、お母さんを呼ぶためだけの言葉じゃない。それにはなによりも、目の前にいないお母さんの代わりに使用される一種の痕跡、音声による痕跡のようなものだ。これは見方を変えると、「母親の不在」とい現実を、「ママ」という虚構で覆い隠して安心するための手段でもある。
引用:斎藤環 生き延びるためのラカン ちくま文庫

このことを斎藤環先生は「言葉は存在の代理物」であると説明していました。

言葉を獲得することで、ズバリその物が無くても、つかの間の安心を得ることができる、「お金」と叫べば一瞬だけお金が頭の中に満たされる、だけど、言葉は単なる音声で実体がないから、やっぱり現実のお金が欲しくなる。

斎藤環先生の本には「欲望は他者の欲望である」の他者は、言葉に置き換えれると書いてありました。
置き換えると「欲望は言葉の欲望である」になります。
ということは、言葉を知れば知るほど欲望が増えるということですかね、知れば知るほど知りたくもなりますしね。

でも、人間は便利なもので、忘れるという機能をもっていますから。
ちょっと前に知って興味を持ったことも、しばらくたつと忘れて、また新しい事を(言葉)を知ると、そっちが欲しくなるものです。

満たされなかった欲望は忘れ去られ、新しい欲望を手に入れてそれを欲する。
でも、すぐ手に入るわけじゃないから、諦めるか、別の似たような物をつかまされてつかの間の満足を味わう、それで、また別の欲望が発生してそれを追い求める。

人生ってこれの繰り返しかもしれない。

みんながブログを書いているから、自分も書きたくなって書いている、ブログで稼いでいる人がいるから、自分もブログで稼ぎたくなる。でも、すぐ稼げるようになるわけじゃないから、いいね!や、はてブをもらってつかの間の満足を味わう、それで、またみんなが別のことをやり始めたら今度はそっちがやりたくなるんだろうな。

結局、自分から内から出てきた、欲望は一つもないんですね。

欲望がモチベーションを上げる原動力になる

ブログを書くモチベーションが無くなってきたら、他者から欲望をゲットしましょう!

結局ブログを書きたいという欲望は、自分発の物じゃなかったので、がんばってブログを書いている人のブログを読んで、自分もこんなブログを書きたいと、欲望を発生させるしかないですね。

まとめ

ラカンによれば、人の心は言葉で出来ているそうです。
自分の心に入っている言葉によって、いつも何かに欲望して、動かされています。
言葉を大事にしましょう。
ラカンの理論は難しいです、はっきり言ってよくわかりません。
でもおもしろいです。

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