過ぎ去りし時は戻ってこない
ドラクエ11面白いそうです。
サブタイトルは「過ぎ去りし時を求めて」です。
僕も、過ぎ去りし時を求めたいです。
かの、拳王ラオウは「我が生涯に一片の悔いなし」と言いながら逝きましたが。
いままでの僕の人生は悔いありまくりです。
過ぎ去りし、高校生時代に戻って、あの娘に告白しておくべきだった、とか。
過ぎ去りし、小学生にもどって、勉強しまくっていたら、今とは違う人生になっていたかもしれない、とか。
過ぎ去りし時を振り返ると、後悔ばっかりですね。
時間は無情にも刻一刻と過ぎ去っていき、元に戻る事はできないです。
だからこそ、今を大事にするべきなんですが。
でも、今までの人生に無駄な事はあったのでしょうか?
無駄ばっかりだったと思う人生も、違う角度から照射してみると、大事な意味があるかもしれません。
過ぎ去りし子供時代はドラクエⅢにはまっていた
僕が子供の頃にハマったのは、ドラクエⅢでした。
めちゃめちゃ面白かった、何度も何度も最初からやり直しました。
僕がやったドラクエは1〜6までです。
大人になってからもスマホ版のⅡとⅢをやりました。
僕の人生の結構な時間をドラクエに費やしています。
ドラクエに費やした時間の代わりに、勉強をしていたら、医者とか弁護士になっていたかも、なんて思ったりします。
僕の人生において、ドラクエをやった時間は無駄だったの?
いや、そんなことはない!
ドラクエをやった時間にも意味はあるんです。
当時の僕には何よりも、ドラクエが大事だった。
ドラクエは面白かったし、ドラクエをやってない時間も、ドラクエにまつわる空想をしていた。
自分が勇者になったらモンスターとどう戦うとか、メラはどうやって出せばいいのか悩んだり、
サイドストーリー的なものを考えてみたり、していた。
他にも公式ガイドブックを暇さえあれば見ていたし、
鳥山明の絵を真似して書いてみたり、
新たな、武具や防具を考えて見たり、していた。
ドラクエ4コマ漫画も好きだった。
ダイの大冒険も好きだし。
勇者アベルも見た。
無駄だったと思うことにも意味はある
ドラクエにはまっていた過ぎ去りし時は、無駄ではない、どれも僕にとっては大切な思い出になっています。
そして僕の心の一部になり、今の僕を構成している大事な要素の一つです。
「我がドラクエ人生に一片の悔いなし」そう言い切れる。
人生は無駄なことは一つもない、高校生の頃、好きな子に告白できなかったことも、小学生の時にゲームばっかりやっていたことも、全部意味がある。
過ぎ去りし時を積み重ねて今の自分がある。
過去ばっかり悔いてないで、今この瞬間を大事にしましょう!